くもん出版さんで開発された「パズルボックスキューブ3」という玩具の生産のお手伝いをさせて頂く事になりました。
恥ずかしながら私の顔写真まで使われております。
くもんさんのページに掲載されると知ってたらもっとちゃんとした格好をしたのですが仕事中だったもので思いっきり作業着です。
それはそれとして、お子さんのいらっしゃる方、近しい方にお子さんが生まれて出産祝いを考えていらっしゃる方、お一つ如何でしょうか?
ご購入は上記リンクから
ん?
これは桑田圭介のTSUNAMIじゃないか?
とその時オレは思った。
それは2005年3月下旬。
大学の後輩に、職場の同僚のバンドが出るからと言われて聴きに行ったスマトラ沖及び中越地震被災者のためのチャリティーコンサートでの出来事。バンドはその企画のために組まれた即席バンドとの事で、正直まとまってるとは言い難かったけど、演奏者と聴き手が普段から交流のある間柄という関係もあって聴きに集まった皆さんは大層盛り上がってた。後日聞いた、その日に集まった寄付金の金額からも皆さんが満足したのが分かった。ただオレは演奏者と交流のある人間ではなかったので、聴き手の皆さんとその盛り上がりを共有出来ず、一人静かに演奏を聴き続けてた。
そうしてウイルソンピケットとか、ビートルズとか、洋楽のコピーが続いた後、曲間のMCからそろそろコンサートが終わりに近づいてるのかなと感じたところでTSUNAMIが始まった。
普段、J-POPをあまり聞かないオレは確信が持てず隣りに座っていた後輩に確認したところ、彼はそうだと答えた。
なんでも、そのボーカル氏は桑田圭介の物まねが上手いのが仲間内で有名で、それでよく桑田圭介の歌を歌うんだそうだ。
あ〜それでか。
とは思わなかった。
!!
津波と地震の被災者の為のチャリティーでTSUNAMIを歌うのか?!
と思った。
まあ、このイベントの立案者と思われる方がMCで、決して忘れてはならない大変な出来事があったという事、それをどうしても伝えたくて上手くもない演奏を披露してるのだと言ってたので、そのコンセプトで選曲するならこれ以上の曲はない。
それと、後輩曰く、このボーカル氏がTSUNAMIを歌うのは毎度の事だから、津波被災者のためでもあるチャリティでTSUNAMIを歌ってる事に違和感を感じてるのはおそらくオレだけであろうとの事。
そうか・・・。
しかし、そうなのかもしれんが・・・。
オレはレッチリがカバーしてるジミヘンのFireが大好きである。昔バンドでベースを弾いてたし、だからFireを聴くと今でも機会があればバンドでコピーしてみたいと思う。が、その機会がもし「火事の被災者のためのチャリティコンサート」であったら演奏出来るか?
と考えてみた。
オレには出来んな。小心者だし、その辺り結構気にするタイプだから。
これは演奏したから良いとか悪いとかいう事ではなく、価値観とかセンスの問題。オレがスキンヘッドだったりモヒカンだった20代の頃だったらもしかしたら演奏してたかもしれんし、演奏出来ればパンクでカッコいいかもと思うところはある。
ただ、今は出来ん。
だからこの人達はいろいろな意味ですげーなと思った。
それから約一ヶ月位経って、そのボーカル氏が今度は絵の展覧会を開いてると聞いたので見に行った。スマトラ、及び中越地震被災者のためのチャリティコンサートでTSUNAMIを歌う人だから、絵にもそうした常識にとらわれない、パンクな要素を期待して見に行ったのだけど、作品は全然パンクじゃなく、至って常識的なアプローチで、ほのぼのとしたもの。
そんな作品を見てこの人の素のセンスはきっとこちらなんだろうなと思ったオレは、あのTSUNAMIは後輩が言うようにいつものように歌ったのではなく、奇をてらって歌ったように思えてしまうのだけど、ま、それがどっちだという事を探りたいのではなく、オレはそのコンサートでTSUNAMIを聴いてビックリしたという話し。
知りませんでした。
同じロゴとピンクのうさぎを使い続けるって事は倒産前のイメージを踏襲するってことなのかな。あんまり良いイメージがないと思うのだけど。
ま、それはそれとして、何回か前の日記で触れた体験談にもあるようにオレはNOVAに通った事があり、タイムリーな事にそれについて書いてあったのでそれを更新します。
恥ずかしながら私、NOVAに通っておりました。授業料として60万円程払いました。ピンクのうさぎにやられちまいました。
60万かけて教わった事で今も覚えているのは「should」だけ。言い方を変えれば、オレのshouldは60万の価値があるという事です。
なんせ奴ら、日本語が全く話せませんから一つつまずいたら前に進みません。そうこうしているうちに一コマ終わってしまいます。だからネイティブと定期的に会話が出来るというだけで、英会話学校としてはほとんど役に立ちませんでした。ただ、英会話はほとんど身に付かなかったけど、ネタは身に付きました。おかしな人、おバカな人達が揃ったNOVAのスタッフを今も忘れません。
<いつも胸の谷間がすごく開いた服を着たカナダ人女性講師>
沈黙とか無音が苦手なのか、何かを考えたり相づちを打つ時やたらと「オ〜ゥ」とか「ゥン〜〜」とか「ィェヤ〜〜」と言う。それが米国製AVのよがり声みたいな声だと思ったのはその教室に通ってた生徒でオレの他にも間違いなくいると思う。服もそんなだから、本当にそちらの人なんじゃないかと思ってた。
<何かと理由をつけて授業をしない青い目のおっさん講師>
「今日は悲しい事があった。子どもが熱を出した。とても授業を行える気分ではない。オレの話しを聞いてくれ。」「オレはNOVAの他に高校でも講師をやってるのだが、そちらがクビになった。とても授業を行える気分ではない。話しを聞いてくれ。」と言った感じで自分が話したい事を好き勝手話すおっさん。話しを聞いてくれとか言ってテメーはクレイジーケンバンドか?とか、オレはクレームをつけるべきだったのでしょうけど、そんな英会話力がないオレは意に反して「アーユーOK?」とか言って気遣ったりしてオレも馬鹿でした。
<takeをテイクではなくタイクと発音させるニュージーランド人講師>
テイクと発音しているのをわざわざタイクに矯正させられました。いや、オレ今のところニュージーランドに行く気はないし。
<「自分の彼女は浜崎あゆみ」という設定で例題を作りたがる米国人講師>
授業中散々「自分の彼女は浜崎あゆみ」という設定で例題を作って授業を進め、更に最後に「シゲト、お前はオレの話を信じてないだろ?ホントだぞ、オレの彼女は本当に浜崎あゆみだぞ!ただ、今ちょっと喧嘩してるんだ。日本の女の子とどうやったら上手く仲直り出来るか教えてくれ」と言い出す。面倒くさいから黙って考えてる振りをしたら、「シゲト、お前信じたのか?信じたのか?ジョークだよ!!ジョーク!!HAHAHA!!」と言い、してやったりみたいな顔をしてハイタッチを求めてくる面倒くさい奴。こいつだけは今も名前まで覚えてる。
<泥酔して電車で喧嘩して始末書書かされてた筋肉マッチョ講師>
この講師、日本に来て授業を始めた翌週にこの騒動を起こしてました。松坂(レッドソックス)風に言えば、こいつと会って、NOVAってところは英語圏に住む一般人を講師と言ってるだけだというのが自信から確信に変わりました。しかも、授業中にNOVAの外でオレの授業を受けないかとヒソヒソ声で交渉してきたりして一番馬鹿だった。
<やたらと話しかけてくる受付嬢>
マニュアルに「生徒と出来るだけコミュニケーションをとりましょう」みたいな事が書いてあったのでしょうか。どの受付スタッフもやたらと話しかけてくる。しかし、その切り口が不自然だし、話題もクリスマスの夜の過ごし方とか、バレンタインデーは楽しみかとか面倒くさいのが多かったから適当に「わかりません」とか「考えた事ありません」と返事をしてたら「もっとちゃんと答えられないのですか!!いつもいつも!!」と一度キレられた。キレんなよ。
オレがNOVAに通ってたのは2002年で、倒産する5年前ですが、その時点で既に倒産の噂は流れていたし、たまに良い先生だなと思う人とあたっても生徒の前で簡単にNOVA批判(NOVAは no vacation の略だと言ってた)をしたりして全然愛社精神を持ってないし、もう末期状態でした。
さて新しいNOVAはどうなるのでしょうか。
ま、オレは2度と通う事はないから、オレにとってのNOVAは永遠にこのイメージですけど。
友人の結婚パーティー参加のため、13、14日の二日間東京に行ってきました。
その時に気になった事をネタに日記を書きます。
まずはこれ。
ヨーロッパでオッサン達が公園でチェスやペタンクを楽しんでる光景を見た事があったのだけど、何故日本ではそうした光景がないのだろうかと思ってたオレのもやもやを吹き飛ばす光景だった。
おっさん将棋大会。しかも将棋の駒も盤もデカイ!!
シブい!!
場所は新橋。おそらくそこら辺りの商店街なんかが開催している、ものすごく健康的なイベントなんだけど、将棋盤の横に差してある白い紙、それはたぶんタダの対戦申し込み券だと思うのだけど、それを盤と盤の間に無造作に突き刺してやってるのがギャンブルっぽく見え、そのせいでそこで対戦中の人達もちょっと危ない人たちのように見えてしまう。ま、別の意味でアブなさそうな人はいましたが。
オレは将棋が全然出来ません。二歩とか平気でやってしまうド素人です。でも、この光景はそんなオレにも素敵だなと思いましたよ。ずっと見てました。
対戦は、どこかで決着がつくと係員らしき人が「○○さーん、○○さーん」と順番待ちをしている人を呼んで、次の対戦が始まります。対戦中の皆さんは次の手を考える時のポーズがそれぞれ違ってそれがオレには興味深くて、何故カメラを持って行かなかったのかとすごく悔やみながら2Mのしょぼい携帯カメラでパシャリ。
そもそも何故新橋に行ったかというと、現在北海道に住んでるオレは道外に出ると古い建物とか、日本の歴史を感じる物に触れたくなり、だから羽田近くにそうしたものがないかと探して浜離宮に向かう途中だったのです。結局こちらの光景が気になって浜離宮には行きませんでした・・・。
その後、前の職場で2年一緒に働いてたNさんと会いました。彼女はオレと同じ職場で任期満了まで働いた後(オレは任期前に辞めた不良です)、青年海外協力隊隊員としてイエメンでボランティア活動にあたっていたのだけど、赴任地でテロがあったため現在一時帰国中。で、偶然、オレが東京にいる二日間は彼女も東京にいると聞いたので会ったのですが、その時に頂いたお土産にオレの心は鷲掴みにされました。それはペンライトのように小さい電球が仕込んであるライターなのだけど、その電球はただ光るのではなく、サダムフセインの像が浮かび上がるライター!!
こいつもシブ過ぎて感動したぜ!!
Nさんありがとう!!次の赴任地でのお土産も今から期待してますよ!!
(ところでこういうものはフセインが大統領の頃にもあったのでしょうか?)
彼女にはイエメンでの活動についていろいろと面白い話しを聞かせてもらったけど、特に興味深かったのは食べ物(肉)の事。イエメンで日頃彼女が食べていた鶏肉は購入する直前まで生きていて、それを目の前でおろして渡されるんだそうだ。最初は抵抗があったけど、でも「生きていくためには必要な事」と感じるようになったとの事。実は似たような話しをドイツ人の友人ミヒャエルからも聞いた事がある。彼は実家にいる時、鶏、豚等を食べる時は家族で捌いて食べてたと言ってた。鶏は上手く首を絞めて瞬殺しないと首が曲がったまま走って逃げる、豚の血は前足の付け根(脇)を切って前足をポンプのように動かして抜き取る、なんて話しもしていた(抜いた血はソーセージにするから無駄に流すと怒られるとも言ってた気がする)。彼はオレの一歳年下でもろ同世代だし、彼の故郷はオレの故郷と同じくらい小さな町だし、ドイツは日本と同じく自動車や工業製品の製造に長けている国で、世界的に見れば共に経済的に裕福な国だし、ついでに言えば共に第二次大戦の敗戦国で、ということで日本人の友人を見るのとあまり変わらない目で彼を見ていたけど、その話しを聞いた時に生きてきた時間にすごく差があるように感じた。
そんな事をNさんの話しを聞いて思い出し、彼女もそうした経験を積んできたんだなと思った。
テレビではやたらとグルメ番組が流され、肉も「〜牛」とか紹介してるけど、オレも含め、大抵の日本人はこのプロセスに触れずに肉を食べてると思います。肉を食べるのにそのプロセスに触れた事があるのとないのとでは全然違う気がする。そのプロセスに触れてたら、食べる前の挨拶の「頂きます」も「(命を)頂きます」という意味が強くなるように思うし。
といって、実際自分がNさんやミヒャエルと同じ状況に置かれるとどうなってしまうのかとも思ってしまうけど。
最後は今回の上京の目的だった結婚パーティーで頂いたチロルチョコの写真。
新郎新婦はオレが大学で働いていた頃に知り合い、今もお世話になってる二人。
おめでとうございます!!
これ、パッケージに新郎新婦の似顔絵がプリントされてるのです。
すげー!!これはウケるだろ!!いい企画だ!!
と、商売初心者ながらオレは思いましたよ!!オレもやってみたい。
そう思ったのと、あと自分の子供にチョコをあげたいと思ったのとで、食べずに北海道に持って帰ることにしたのだけど、帰りに乗った飛行機がオレの人生で一番揺れまして、椅子をちぎれんばかりに掴んで踏ん張ってるうちにチョコを入れてたポケットを圧迫してしまったらしく、北海道に着いた時にはエラい形になってしまいました。
この写真はその話しを新郎に伝えたらわざわざ写真を撮って送ってくれたもの。何から何まですみません・・・。
今度は二人が北海道に来るのを待ってますよ!!
追記
Nさんの活動について書かれているブログを紹介させて頂きます。
イエメンで…わた子☆わたわた☆わたがしさがし!!
タイトルにもある通り、イエメンでの活動について書かれていますが、上でも触れた通りテロの影響で現在帰国しているため、今後もイエメンで活動するかは本人も分からないみたいです。
違反者講習
教官:
よくものこのこ来やがったなぁ、違反者ども。
お前らは交通ルールという社会秩序を著しく乱し、なおかつ、その罰に対して下された制裁をお金払うから短くして下さいと乞うてきたろくでなしだ。そんな奴は人間じゃねぇ。ウジ虫だよ、ウジ虫。
オレ様はそんなウジ虫どもを更生させる、いわばアンチウジ虫ワクチンだ。今、豚インフルエンザが問題になってるが、お前らはウジ虫インフルエンザだ。ウジ虫インフルエンザに効くのはオレ様しかねぇんだよ。だからお前らはここに呼ばれたんだ。オレ様がお前らを無力化し、かつ更生してやるんだ。ありがたく思え。
わかったか!!
じゃあ今からてめぇらを更生する授業を始めるぞ。今日は9時から16時半までここから一歩も出られねぇからな。なんせおめーらは社会の秩序を乱すウジ虫だからな。更生する前にここから出たらウジ虫インフルエンザがあっという間に蔓延してしまう。
一歩も出るんじゃねーぞ!!
それから言うまでもないが、ここでは飲食禁止だ。帽子、サングラスも禁止だ。・・・って言ってるそばから、わかってねぇウジ虫がいるな。
おい、そこ(チョークを投げる)!!
てめぇここでサングラスなんかかけてんじゃねぇぞ!!
違反者A:
いえ、これは偏光グラスです・・・。
教官:
何が「へんこうグラスです」だ。オレがサングラスと言ったらサングラスなんだよ!!今から3秒以内にそのサングラスを取れ、ウジ虫!!戦前の日本人は、メガネがなくても気合いがあれば千里先の新聞だって読めるって言ってたのを知らんのか!!気合い入れろ!!気合い!!
それからそこ!!携帯電話を机に載せてオレ様の授業を受けようなんざ、救いようのねぇウジ虫だな。ウジ虫が載せていいものなんかねーんだよ。ウジ虫が許されてるのは自分がクソの上に乗るだけだ!!わかったか!!
じゃあ始めるぞ!!
って、これはオレの妄想違反者講習です。
実際の講習は
「ここは皆さんが、免停期間を短縮して再び公道を走行出来るようにして頂くための講習会場です」
「筆記用具を忘れた方いますか〜?いらっしゃったらこちらで用意したものをお貸ししますから遠慮なく申し出て下さいね」
「あららら判子忘れちゃいましたか。でも判子を忘れてもサインで大丈夫ですから」
「そこの方がかけてらっしゃるのは偏光グラスですか?あっ偏光グラスですか、失礼致しました。であれば、そのままで結構ですから」
「携帯電話は着信音をならないようにして頂き、その上で時計としてお使い下さるのは問題ありませんから」
みたいな、懇切丁寧なしゃべり方、接し方でして。
冒頭に書いたオレの妄想はかなりおかしいでしょうが、この講習もちょっとおかしいと思いました。
だって、そこに集まってるのは全員違反者なんだし。
違反者に「頂く」「下さる」なんて言葉を使ってまで進める講習会ってなんなんでしょう?なんかあまりに下手に出た言い回しをするから馬鹿にされてる気も若干しました。この場所でその言葉を使うのは違反者の方だと思いますが、この「偏光グラス」のお兄さんは足を組んでふんぞり返って「あ?これの事?これ偏光グラスっす」と、なんか文句あんのかよって顔で返事してて、ビックリしました。
あーあと、自動車運転免許についての違反者講習なんだから免許が必要な事は馬鹿でも分かりそうなものですが、免許さえ忘れてきてた女性もいました。もちろん、他に必要な携行品(事前に渡された書類や判子等)一切持ってきてませんし。お前何しにきたんだ?ってオレが訊きたかった。
会場は自動車教習所で、教官も自動車教習所の教官であって警察ではなかったのですが、違反者を集めた講習ってところが警察の匂いがする、警察=権力という事で人権問題にうるさい連中が噛み付く格好のターゲットになってるのかも、と考えたのですが、実際のところはどうなんでしょう?
まあでも、あまりに下手に出るその言葉に気を緩めたらオレの妄想みたいな教官に豹変するかも、という思いが最後まで消えませんで、結果的に、講習前は昼食後眠くなるかもと思ってたけど、その妄想のお陰で9:00〜16:30までバッチリ目が冴え、免停も1日で終わったので、オレみたいな妄想をする人間には効果があるやり方かもしれません。
以前、オレの人生を振り返ってネタになりそうなものをざっと書き出してたのを思い出した。
以下がそれ。
スマトラ沖地震被災者のためのチャリティコンサートでTSUNAMIを歌ってる人を見た事がある。(34歳・2005/東京)
軟禁された事がある。(33歳・2004/ルーマニア・ブカレスト)
NOVAに通ってた事がある。(32歳・2003/東京)
世界男根彫刻大会で優勝した事がある。(31歳・2002/韓国・サムチョク)
路上に大の字になっていた酔っぱらいを助けた事がある。(31歳・2002/東京)
地下足袋のモデルをやった事がある。(29歳・2000/東京)
ものもらいの切開手術を受けた事がある。(28歳・1999/東京)
上司に説教された時、宇宙に飛ばされてぼけてしまった父と再会した時のアムロの気持ちを知った事がある。(27歳・1998/東京)
酒乱と格闘、110番した事がある。(23歳・1994/東京)
中央線で鼻血を垂らしてるのに気がつかずに眠り続けた事がある。(23歳・1994/東京)
住んでたアパートの隣りのアパートで殺人事件が発生した事がある。(23歳・1994/東京)
空き巣の逃走犯と間違われて警察署に連行された事がある。(22歳・1993/東京)
道路工事のガードマンの仕事中、ヤクザと思われるドライバーに袋だたきにされた事がある。(21歳・1992/東京)
手モデルをやった事がある。(21歳・1992/東京)
銭湯で全身入れ墨のお兄さん3人組にどつき回された事がある。(20歳・1991/東京)
バスの運転手をぶっ飛ばした事がある。(19歳・1990/東京)
同じアパートの下の階の住人に放火魔がアパートに火を着けてるから捕まえてくれといって夜中に起こされた事がある。(19歳・1990/東京)
左手の手のひらに貝柱みたいなのが生えてきて手術を受けた事がある。(18歳・1989/北海道)
ある宗教(宗派は忘れた)の布教活動をしているというアメリカ人に勝手に「ムーア」と命名された事がある。(18歳・1989/北海道)
修学旅行先の京都で自由行動の日に乗ったバスの中で地元の高校生数人に袋だたきにされた事がある。(16歳・1987/京都)
電車内で、隣りに座ったおっさんに短パンの裾から手を入れられ直に股間をもまれた事がある。(13歳・1984/茨城あたり)
青函連絡船内でかつあげされた事がある。(13歳・1984/津軽海峡)
中学のオンボロ校舎の屋根裏を探検していて大けがを負った事がある。(12歳・1983/北海道)
下校中、同学年の女子10人くらいに囲まれ金を渡されて(確か200円くらい)、ある女の子との交際を強制された事がある。(12歳・1983/北海道)
極寒の日、スキー用ストック(金属製)が唇にくっついて離れなくなった事がある。(12歳・1983/北海道)
理科の実験中髪の毛にアルコールランプの火が引火した事がある。(11歳・1982/北海道)
けんか中、眉間に鉛筆が突き刺さった事がある。(11歳・1982/北海道)
休み時間でも授業を続け、トイレに行く事さえ許さなかった先生のクラスで2回くらい座ったまま小便を漏らした事がある。(10歳・1981/北海道)
保育園のお昼寝の時間、眠れなくて退屈だったので隣りに寝ていた子の鼻と口におもちゃを突っ込んで遊んでたところゲロを吐かれた事がある。(5歳・1976/北海道)
このうちの何個かは思い出した時の勢いで文章にしました。気が向いたらこれから少しずつ更新していきます。
再来週免停講習を受けてきます。
それで何もなければ1日で免停が解除になるはず。
講習料は13800円。罰金もそうだけど、本当にバカバカしい出費です。
罰金と合わせて53800円。格安ツアーを利用すれば東京までの往復航空券+ホテル1泊+roofで飲み食い出来ます。
しかも講習に要する時間は8時から5時頃までで、仕事を1日休まないといけないし、全くバカバカしい。
全てが勿体なさ過ぎます。それにいろいろな人に迷惑をかけてしまうし。
二度とないようにしなくては。
悪いのは違反したオレなのですが、それでも一つ言い訳をさせてもらいますと、現在乗ってるステップワゴンのスピードメーターは身長189cmのオレの視点からはこういう風に見えるため(レンズの関係でハンドルが実際のものよりも少し太く写ってるけど)、スピードを確認するためにいちいち首をかがめなきゃならんのです。2度目の違反以降はかなり頻繁に首をかがめてメーターを確認しているので、前を走る車のドライバーがそんなオレに気がついたら、居眠りしてると思うかもしれません。
まあ、この車は10年以上前のモデルなんで最新モデルでは改良されてるのかもしれませんけど。全ての人にとって一番見やすいメーターの位置ってどこでしょうかね?
それからもう一つ。
昨日、チェーンソーカフェなんて言葉を作って日記を書いてみたものの、オレは「カフェ」を口にする時、実はちょっとドキドキしてしまいます。というのはカフェと無縁の町に育ったオレにとってその言葉は、ポールスミスとか、入るのに勇気のいる店と同じカテゴリーにあるおしゃれを醸し出している言葉なのです。
そんなオレは芦別同様未来永劫カフェという言葉が体に染み込む事がないのは間違いないけど、しかしながら大学で働いていた頃の上司が自分のコーヒー好きを昨今のカフェブームと一線を画すとアピールしたいのか、カフェをキャフェと言ってたせいでその言葉に抵抗感を覚えてしまったのもその言葉を上手く使えない一因でありまして。
カフェをキャフェという人、たまにいませんか?
そういう人達にはいっその事、全ての「か」を「きゃ」として、たとえば
「キャン八(環八)」「キャ曜日(火曜日)」「中央トッキャイ(特快)」
と、吉川晃司のように発音して欲しいです。そしたらきっとその人と会うのが楽しみになります。
現在オレは生まれ故郷の小さな町に戻って生活している訳だけど、高校卒業までの18年間住んでた故郷ながら行った事がないところが結構ある。
そのうちの一つがチェーンソー屋。
その名の通りチェーンソーの専門店でウチの近くに2件ある。
今は過疎の一途を辿っているこの町も、かつては炭坑、それから豊かな森に囲まれた中で林業で栄えていた時期がある。チェーンソー屋は林業が盛んだった頃の名残と思われるが、その2件がオレの心をくすぐって止まないのは、オレが木彫制作の際にチェーンソーを使うからであるのに加え、1件はドイツ製のSTIHL(スチール)専門店、もう1件は専門店ではないけどデンマーク製のhusqvarna(ハスクバーナ)を扱っている店、と、こんな小さな町なのに両店とも輸入品を扱っているためである。車に例えるならトヨタやホンダの店はなくて、ベンツやアウディの店があるようなものである。
シブイだろ?
北海道には東京にもなかった、オレの気持ちを高揚させるこんな素敵なショップ(←都会の人っぽい表現)だってあるのだ。素晴らしい!!
先日、ついにhusqvanaの方に足を踏み入れたのだが、中に入るとマキタとかクボタの帽子を被った還暦位の男性数人がお茶をすすり、ハイライトの煙をくゆらせながら談笑している光景が目に入ってきて、その瞬間、オレは「ここはカフェか?」と思った。
多分その人達はチェーンソーを買いにきたのではなく、仲間に会えるのを期待してここに茶を飲みにきたに違いない。だからそこはその人達にとってカフェなのである。
チェーンソーカフェ。メニューは日本茶またはインスタントコーヒー。
シブ過ぎる!!
この寂れた小さな町には未来永劫おしゃれなカフェなんて作られる事はないだろうけど、芦別はこれでいいのである。
いつかオレもその輪に加われるシブい男になりたいぜ。
昨日、先日のスピード違反の件で裁判所に行ってきた。
9時から始まったそれは11時までにその日に集まった違反者約20人全員の手続き(判決?)を終わらせるという、その名の通りまさに簡易裁判。違反に対して何か諭されるような事を言われると思ってたけど、そんな場面はなく、というか、ほとんどの時間待合室で待たされてただけ。裁判所の人達の接し方はなんか知らんけどバカ丁寧だったし、すごく肩すかしを食らった。ただ、渡された書類には「被告」という文字が記述されてて、だからそこで行われていた事はやっぱり裁判。
いくら丁寧に接してもらっても被告人呼ばわりされる場所は裁判所です。
そんなところにはもう行きたくねー。
罰金4万円也。
って思ってる人っているんでしょうか?
一回代表やってる人だし、でも何やってたんだかよく分からんし、小沢元代表の鞄持ちみたいな印象あるし(TV局がそんな風に演出してるところもあるのでしょうが)、そもそも代表選に出馬した二人が過去に代表やった人だから出てきてもちっとも目新しさがないし、一体どこで盛り上がってるんでしょうか?
民主党のマークって日の丸みたいな赤い丸が二つ重なり合って一方がガタガタで、もう一方が正円で、きっとこれはガタガタな日本を美しくしていくとか、そんな意味なんでしょうけど、同じ顔ぶれの中で代表選んでたら民主党自体がいつまでたってもガタガタのまんまのような気がします。いっその事、両方の円をガタガタにしてみては?
さて今日は何ヶ月振りかに全く仕事をしてない。昨日そう決め、今日は布団の中でダラダラするつもりだったのだけど、さわやかな日差しの中で不覚にも朝早く目が覚めてしまった。二度寝しようと思ったけどあまりにいい天気だから家族で富良野のアンパンマンショップに行って、アンパンマンと写真を撮って、三日月というラーメン屋でラーメン食べて、フラノカフェでエスプレッソ飲んで、フラノカフェのマスターと話しをし、画家のイマイカツミさんの活躍を知らされ、カフェ横の遊歩道みたいなところで子供と遊んで、陽はまだまだ高かったけど疲れたから家に戻って昼間から布団の中でしっかり寝て、起きてから今住んでる芦別、この町に住んでた中高生の頃に聴いてた音楽、デイブリーロスとかラットとかトンプソンツインズとかアンディテイラーとかロビーネヴィルとかチャーリーセクストンとかトーキングヘッズとか、思い付くPVを片っ端から見て、そしたら自分がかつてベースを弾いてたバンドのライブのビデオも見たくなってそれを見て、いやいや結構お客さん入ってるじゃねーか、しかもこの企画オレが組んだんだよな、なんて思いながらダラダラしてた。一日中寝てた訳ではないけど全く生産的ではない日。
小心者のオレは今の生活を始めてからそんな日を作るのが怖くて会社に行かなくても何かしら仕事を入れてた。仕事については自分で選んだ好きな事をやらせてもらってるから忙しいって言葉を口にするのは抵抗があってそれは言わないようにしていたけど(オレの回りで忙しいをやたらと口にする奴程大した仕事してないからそういう奴と一緒になりたくないのもありまして)、そうして休まずやってきた仕事で疲れがたまってるのは間違いなく、結果最近は集中力が続かず仕事でいろいろな失敗をしてしまった。家族にもお客さんにも沢山迷惑をかけた。自分がこんなに使えない人間かと思った。
特にこの2週間は生きた心地がしない時間で、水曜日には車で子供を轢いてしまう夢を見た。最悪な夢です。さすがにこれはやばいと思いました。
そんな訳でやらなければならない仕事は今日もあるけれど、今日は休むと決めてた。メールもチェックしない。明日も。
民主党代表選の結果はそんな生産的ではない日にはちょうどいい、生産的とはあまり思えないニュースだったので軽い気持ちで突っ込んでみました。
まあでも、バンドのビデオを見たせいで今は100w以上のデカイアンプにベースを繋いでジロウ君、ナカヤマ君と久々にデカイ音を出したくなりました。それが今一番スッキリしそうだ。
こちらこそありがとうございました。わた子... read more
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