嫁が展覧会「アトリエ・サボワ展!」を開きます。
http://savosa.blogspot.com/
この展示は北海道に引っ越す前、彼女が川崎で開いていたスクラップブッキングのサークルの仲間との展示で、昨年同時期の開催に引き続き、今回で2回目の開催となります。お近くにお越しの際はお立ち寄り頂けますと嬉しいです。嫁は会期中ずっと会場におります。
日時:2009年10月2日(金)〜4日(日)
9:00〜21:00
会場:川崎市国際交流センター 1F展示ロビー
東急東横線 元住吉駅徒歩 15分
http://www.kian.or.jp/kic/
それからもう一つ。
友人久保田が「ズッコケ軍団」というイベントを開きます。オレも誘ってもらってたのだけど、残念ながら行けそうにないので宣伝だけさせてもらいます。
http://www.artplant.jp/page02.html
イベント内容は「ライブペインティング、音楽、ダンス、詩の朗読、叫び、融合しないステージ、ぶっつけ本番な不協和音パフォーマンス」で、飛び入り参加大歓迎との事。これまでに何度か開いた事前ミーティングの段階から盛り上がってるようなので、イベント当日も多いに盛り上がる事でしょう。前回のミーティングでは「乳首の中のマリオネット」という名曲が生まれたそうです。
http://roofhp.com/kubota/diary/
このブログで何度もその名前を出しているので一体どんな男なのかと気になってる人もいるようで、そんな方々は是非この機会にイベントに参加しつつ、その生体を観察してみてはいかがでしょうか?
大丈夫。噛み付きません。
日時:2009年10月11日(日)
11:00〜11:30/15:00〜15:30
会場:東大和市立狭山緑地
会場への行き方等、イベントの詳細につきましては久保田にお問い合わせ下さい。http://roofhp.com/kubota/index.html
20代前半から左目にものもらいがたまにできるようになった。
たかがものもらい。
目薬さしときゃそのうち治るだろ。
と放置してたのだけど、20代後半に差し掛かって毎春まぶたが腫れ上がるようになってしまい、いい加減腹が立ち、病院に行ったのは28才の時(10年前)。
診察してくれたお医者さんの話では、オレの左目側にはものもらいが出来る原因となるもの(巣とか袋と先生は表現してた)が4個もあるんだそうで、それで出来やすいんだとか。で、この際、とってしましょう、すぐとれますよ、と言われた。
その事をセッカイと言ってた。
それは「切開」と書くに違いない。しかし切って開くのは手術じゃないのか?なんでわざわざセッカイと言うのか。手術と言うには切って開いたところを結んで閉じなければならんのか?そんな定義があるのだろうか。
先生の話を聞きながらそんなような事を考えたのを覚えてる。
まあ何にせよ、オレに言わせればそれは立派な手術だ。
セッカイ当日。
手術の際に患部の上に穴のある布をかけるのはたぶん、血だらけになってメスやらいろいろなものが突っ込まれてる患部の状況を患者に見せてしまうと不安にさせてしまうからそうならないようにするためなんじゃないかと思う。この時もやっぱり布を使ってた。だけど、目は上から布をかけたって中から様子が見える訳で、布をかける目的が上に書いた事であたってるならば、この布は全く意味がない。
それに、客観的に考えて、布の穴から患者の片目だけが見えてそこにメスやら何やらを突っ込んでるお医者さんというのも恐い。
で、そのセッカイだけど、メスが段々目に近づいてきて患部に触れた時にチュッと赤いものがにじんで、目に近過ぎて焦点が合わないながら、目の上でメスがキラキラ光ってるのが見えて、怖い、逃げたいと思いつつ、でも動いたらエラい事になると言い聞かせて体が硬直してた。ような気がする。実はあまり覚えてない。記憶力が異常にいい(とよく言われる)オレだけど、きっとセッカイの最中は怖過ぎて脳みそが働いてなかったのだと思う。だからこれはちゃんとした記憶なのか、頭の中で勝手に作り上げた光景なのかよく分からなくなっている。
それ以降10年間、セッカイを我慢した甲斐があってものもらいに悩まされる事はないのだけど、その時セッカイしてもらったのは4個のうち大きいのを2個だけ。だからまだ2個はある。
たまに目がかゆくなるとセッカイを思い出し、ゾッとする。
今日からも展示がありました。
昨日の日記は彫刻を作る時の頭で書いてたから今日の事すっかり抜けてました。
今日からは吉岡工房の吉岡滋人としての展示で会場はFurano Cafe。
だからこのブログを読んで下さってるおよそ20万人の読者さん、ならびに5万人のマイミクさんのほとんどの方には簡単に来て頂ける場所ではありませんが、近くにお知り合いの方がいらっしゃっいましたら宣伝して頂けると非常に嬉しいです。
展示期間は10月18日までです。
今回の展示に合わせてグリップカーを4点作りました(オレが工房に入る前に父がデザインした製品とKUMONさんのパズルボックスも展示させて頂いております)。
あと、もう一つ展示があります。
ってオレも詳しくは分からないのですが、鶴氏(今年4月のroofの展示で設置を手伝ってくれた大学の後輩)が企画?したのか、とにかく彼が関わっているグループ展にオレの写真の作品を展示してくれるとの事。
15日から1週間の展示で、会場はおそらく東京のどこかだと思います。
ここで宣伝するから展覧会の情報を送れと鶴氏に電話したのだけど、まだ送られてきてません。
鶴!!早く送れ!!
次は12月に大阪のギャラリーデンさんにて個展を開催します。
今年は2月のギフトショーを含めると2月、4月、8月、12月、と、組んだ展示は4回。1年にこんなに展示を組んだのは始めてです。正直に言えば計画性が足りず、こうなってしまいまして・・・。会場も東京、東京、北海道、大阪、といろいろな場所だし。
だから予定表を見る度に自分でもどうなるのかと不安で不安でしょうがありませんでしたが、なんとか3回は終わらせる事が出来たし、4回目もしっかり取り組めば大丈夫でしょう。
といいつつ、やっぱりプレッシャーは感じますが。
先月から次の展示の準備を始めています。
今度お世話になるデンさんとは10年前にある方を通じて知り合い、2000年にオレの展示を企画で組んで下さって以来お付き合いいただいております。それまでオレは大阪とは全く縁がなかったのだけど、個展の後、キリンアートアワード受賞作品展の巡回展でキリンプラザ大阪に行く機会があり、そういう流れもあってデンさんがオレの活動を大阪に広げて下さったと感じる思い入れ深い会場です。2005年にも個展を企画して下さいました。
デンさんのオーナーの手島さんはとても素敵な方です。時に厳しい事も言われますが、しかしそれは期待を下さっているからと感じる言葉です。
美術の世界では曖昧な言葉で褒められる場面が結構あります。だからと言ってその人が作品を買ってくれる事はほとんどありません。「売れない」つまり「買わない」事が前提になっている業界なのでいくら褒めたっていいと認識しているのでしょう。アーティスト同士の間ではそれは励みになる場面もありますが、ギャラリストがアーティストに対してもそうした言葉しか口にしない場合は作品を売る気がなく、ただ、アーティストが払う賃貸料をあてにしていると言ってもいいかもしれません。
アーティストが用意するものが作品だけでなく、賃貸料も、というのは考えれば考える程おかしい。それで作品を売ってくれるならまだしも売れなくても申し訳ないと言ってくれる訳でもないし。つまりそうした画廊にとってはアーティストが画廊を借りた時点でビジネスが完結しているのです。ちなみに銀座の画廊だと1週間で約30万、日割り計算すると1日5〜6万円かかります。
でも手島さんは違いました。厳しい事をおっしゃいます。それは「売ろう」としているから。実際前回お世話になった時は小品を全て売って下さいました。売れないものは扱わない。ビジネスとしては当たり前の事をしていたデンさんですが、残念ながら12月の展示で閉廊してしまいます。
最後の展示の作家としてオレを選んで下さった事を考えると(デンさんには展示スペースが2つあり、一つはデンさんを拠点として活動し、東京にコレクターまでいらっしゃる方が展示される)、オレにその大役が務まるかという気持ちになりますが、今やれる事を精一杯やってみようと思っています。
実は先月いろいろとハードな事が重なってしまい、だから制作を止めようと思ったりもしてました。
今もそのハードな事は解決出来ておりません。だから立ち止まったり、何もせずにいると後ろ向きな思いに押しつぶされそうになります。でもそんな中で木にのみを振るい始め、そこに気持ちが入り始めたら今なら空を飛べるんじゃないかと思える程強い気持ちになれます。
止める理由っていくらでもあります。
時間がない、金がない、余裕がない、場所がない。
どれも本当の事。
つまりいつだって止められる。
じゃあ、いつ止めたっていい。ただ、手島さんのようにオレが作品を作る事を期待して下さる方がいらっしゃる限り続けようと思います。
それがオレが制作を続ける一番のモチベーションであり、そして多分続ける理由です。
今の仕事を始めて耳にするようになった「御社」「弊社」という言葉。
馬鹿なオレは2年経っても一向にその漢字通りの意味で認識出来ない。
というのは、まず「おんしゃ」は「御社」という言葉に触れるよりずっと前に知り合った友人がけんか腰の時「てめー!!」の意味で「おんしゃー!!」と言うせいで、先方に対する丁寧な言葉という風に認識出来ない。というかむしろ挑発してるようなそんな言葉に感じてしまう。
彼の故郷の人は「おんしゃー!!」と「御社」を両方使うのだろうか?
ほぼ同じ発音の言葉が相反する意味を持ってるってのはやっかいだな。
それから「へいしゃ」ってのは「歯医者」と言おうとして言い損ねたみたいに聞こえてしまう。つまりオレの頭の中でその言葉は「へい-しゃ」ではなく「へ-いしゃ」と認識しているのである。そんな事に気がつくとどうしても「屁医者」という漢字をあてたくなる。
屁医者。
どんな治療をしてくれるのだろうか。やっぱり匂いを消すのだろうか。どんな風に診察するのだろうか。やっぱり匂いを嗅ぐのだろうな。
という妄想を駆り立ててしまう、すげー気の抜けた発音の言葉に感じてしまうのである。
しかもお客さんとの会話でこの二つの言葉を使おうとしても、30年以上使った事のない言葉である上に馬鹿なオレは会話中でもどっちがどっちか分からんくなる。
そうすると江戸っ子のように「てやんでーしゃらくせー」とか言って、そんなビジネス用語(でもないが)を使わないでしゃべりたくなる。
「御社」「弊社」を使いこなせるのが社会人としての常識だと思って頑張って使ってたけど、オレはそんなだからそんな日はおそらく一生来ない。
しかし、明日はそんな言葉が飛び交うような会議がある。
困ったぜ。
これ、感動したよ。